海外活動

News&Report

カンボジア20年里親制度継続・視察ツアー報告

 
立派に成長した里子の姿に希望、今後の支援継続誓う



  • お米を寄贈
    お米を寄贈


  • 孤児院訪問あいさつ

     

  • 支援金贈呈式


  • 里子との記念写真


✿カンボジアでの22年間のボランティアの成果 ✿

✿ポル・ポト時代の後遺症は教育現場に大きく、国の発展を阻害
✿1996年から始めた里親制度で多くの子供たちに教育の機会

-----------------------------

★ポル・ポト時代の負の遺産、今も苦しむ
 私たちは、1995年からカンボジアの孤児院支援を始め、翌96年からは里親制度で多くの子供たちに教育の機会を与えてきました。
 ご存知の通り、カンボジアでは1970年代からおよそ20年間にもわたり内戦が続きました。そして、75年に共産主義を唱えるポル・ポト政権が誕生すると、知識人は資本主義を生み出す敵という認識のもと、200万人から300万人ともいわれる人々が大量虐殺されたのです。
カンボジアには、このような、非常に悲しい歴史があります。
 そして、カンボジアはいまだにその後遺症に苦しんでいるのです。当時の大粛正の結果、学校や教材、教師が壊滅的に失われたため、それ以降、カンボジアの教育現場は崩壊してしまいました。2008年の調査によると、教師の6割以上が中学校を卒業した時点で教師になるという状況です。
 教育の質の低さと貧困問題が負の連鎖を繰り返し、カンボジアの発展の大きな障害になっています。

★寄贈した米2・5トンを2ヶ月で食べ尽くす
 今回の視察ツアーに参加したのは、熊本第2連合会の里親支援をしている2名と、私たちカンボジア派遣員2名で。
 初日深夜、カンボジアの首都プノンペンに到着。カンボジアは一年中暑い国ですが、この時期は気温が高いうえに、雨期に入ったばかりで湿度も高く、空港を出たとたん蒸し暑い空気が襲ってきました。夜だというのに、外はまだたくさんの人が出ていて、食事をしたり夕涼みをしたりしていました。
 2日目には朝からカンダール州の孤児院を訪問。ここは95年から世界平和女性連合(WFWP)で支援を続けてきた場所です。
 今回は長野第2連合会、熊本第1、第2連合会から送っていただいた支援金でお米を購入し、寄贈しました。支援した量は2・5トン。これが2ヶ月で無くなるそうです! 
およそ50人の子供たちが生活していくための最大の関心事はやはり、食べ物です。孤児院の敷地内で農作業をし、自給自足も試みてはいますが、現状は厳しいようです。

★里子には片親が多く今度とも支援を継続
   3日目にはタケオ州の里子を訪問しました。
96年から里親制度を始め、現在49名の里子の支援を継続しています。暑い中、たくさんの子供たちが正装して集まっていました。
一人一人に支援金や、里親からの手紙やプレゼントを渡し、子供たちが書いてきた里親への手紙を受け取りました。今回ツアーに参加された方々もそれぞれの里子と対面したのはいうまでもありません。
 以前から支援を続けている子供たちは見るたびに大きくなり、成長の早さを実感しました。里子たちの履歴を見ると、親が離別、死別、行方不明など片親の子が多く、生活をしていくのが精一杯で、支援を受けていなければ、学校へ行くこともままならないであろうことはすぐにわかります。
 夕方には菊池議長さんが以前支援していた里子のパンニャー君に会いに行きました。里親制度を開始して初めて支援した子供のうちの一人でしたが、今は就職し、結婚して子供も2人います。カンボジアでは奥さんの実家に旦那さんが同居することが伝統ですが、彼も奥さんの実家で生活していました。立派に成長した里子との対面はとても感動的でした。
 4日目からは観光でした。午前中には王宮、国立博物館、ワットプノンを見学し、カンボジアの歴史を学びました。町並みは整備され、とても奇麗になり、おしゃれなお店も増えて、大きな建物も次々に建設されています。市内を走る車の量も急増し、交通ルールがそれに追いつかない状況で、あちこちで渋滞が発生し、事故も後を絶ちません。

★大悲劇の現場だったキリングフィールド
  5日目は、トゥール・スレン博物館とキリングフィールドに行きました。トゥール・スレンは、ポル・ポト時代に学校だった場所を収容所として使ったところです。
2年9ヶ月の間に1万4千人から2万人の人が収容され、そのうち生還できたのは8人だけと言われています。拷問に使われた道具や、処刑された人々の写真が当時のまま残されています。一人一人に書類が作られ、番号がつけられ、収容された人はいったいどんな気持ちだったのか、想像もできません。
 次に訪れたキリングフィールドは、収容所から送られてきた人が虐殺された場所です。遺体が埋められた穴、人骨、多くの人が殺害された木「キリングツリー」などが残っています。大きな慰霊塔の中には頭蓋骨がびっしり詰められていました。ここはポル・ポト時代の前は農園だったそうで、鳥の鳴き声なども聞こえる本当に静かで美しい場所だったのだと思われます。

★ポル・ポト時代を知らない若者も増える
    ポル・ポト時代が終わってから35年という歳月が過ぎ、今はその時代を知らない若者たちが増えてきました。
首都プノンペンのように近代化されたところもあれば、タケオ州のように昔ながらの生活をしている人々もいます。
働けること、食べて、寝て、住む場所があること、そして勉強できる環境があることが重要だと思います。
良い伝統を残しながら、悪い歴史は二度と繰り返さないよう発展していってほしいと願うとともに、その手助けができれば嬉しいです。   (カンボジア派遣員:木村) 

------------------------------------------------------------------------------------
世界平和女性連合(WFWP)は「人類は、地球というひとつの家に住む家族である」をモットーに、1994年より海外ボランティア活動を推進してまいりました。
現在は世界48カ国で約110件の活動を展開しています。

------------------------------------------------------------------------------------

 

 
 

海外活動