国内活動

気仙沼仮設住宅支援14回目の訪問

 
~「愛の福袋」プロジェクト-14~


  •  越境仮設住宅(千厩町)訪問


  • 閑散としている千厩仮設住宅


  •   復興工事中(陸前高田市)


  •   復興住宅で(陸前高田市)


  •   津波の痕を残す住宅 (陸前高田市)


  • 仮設の店舗・海浜館で


  • 「愛の福袋」をお届け(気仙沼市内復興住宅)


  • 「愛の福袋」をお届け(気仙沼市内復興住宅)


  • 「愛の福袋」をお届け(気仙沼市内復興住宅)



~気仙沼仮設住宅支援14回目の訪問~

・東京から14回目の訪問・「愛の福袋」のお届け
・気仙沼被災地支援・仮設住宅訪問
・毎年お会いしている方との嬉しい再会
・仮設住宅から、新しい復興住宅へ移住

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東日本大震災から6年4か月を迎えた2017年7月、被災地気仙沼市の越境仮設住宅(千厩町仮設と室根町仮設)を訪問しました。
今回(14回目)は、4名で東京から新幹線で行きました。
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【越境仮設住宅とは】
宮城県気仙沼市は、土地が空いていないことから、すぐ隣の岩手県一関市に仮設 住宅提供をお願いし、一関市は、小中学校を取り壊して空いていた土地を貸し出 しました。
それが千厩町の仮設住宅120軒(20軒は役所の手伝いの方々)、室根 町折壁の仮設住宅89軒です。
市内から遠いため、学生のいない家庭や一人暮らしの年配者家庭が多い。。
越境ということで抱えた葛藤を聴いて来ました。

【室根町の折壁仮設住宅を訪問】
 現在、この仮設住宅に住む人は5軒で、9月に市営復興住宅に移ることができるとのことです。
玄関や台所には私たちが以前に持参したプレゼントがあり、話も弾みました。ガラガラになった住宅にお疲れ様と言いながら帰りました。
この仮設住宅は最後に取り壊されるとのことで、他の仮設住宅から移動してくる方もおられるとのことです。

【千厩町の仮設住宅を訪問】
 夕方に、千厩町の仮設住宅を訪問しました。
ここには役所などの応援人材の方々が120軒中20軒ほどいて、一般の方は4~5軒しか残っていませんでした。
そしてその方々は、気仙沼には戻らない、千厩町に住むことにした方々でした。
不在になった仮設住宅の家々の玄関には木の芽が伸び放題になっています。
みなさん、やっとこの仮設住宅を出て行かれ、普通の生活に戻って行かれたのだなあとほっとしました。 

【陸前高田市内を訪問】
 二日目は、及川君(私の旧友)にドライバーをお願いし、陸前高田市と気仙沼市内をまわりました。
陸前高田市の復興状況は、12mの防潮堤をつくりながら復興住宅建設途中です。
左下の写真の奥に建設中の住宅が見えます。昨年12月の訪問時には山を切り崩していました。
気仙沼市では、復興住宅の建設は終了し街作りに着手していました。
6年経って、潮焼けした杉などの赤い色が無くなり、山々がとても青々としていました。復興住宅の方を一軒お訪ねしました。
一人暮らしのHさんの人生は、「学校を出てから就職のために東京へ行って左官職人となり大手の会社に入り、あちこちで仕事した。山梨・北海道の旭川・東京にもいたよ。仕事を辞めて帰ってきたら震災に会った。
もう体も思うように動かないから時々運動でコンビニに行くんだよ。」とのこと。
私たちはその近くの海浜館で昼食を取りました。

【気仙沼市を訪問】
その後は気仙沼市に行き、港の様子を見た後仮設住宅から移ってきた方々を訪問しました。
港のそばにあった「復興屋台村・気仙沼横丁」は取り壊されていました。
それぞれに新しい場所で再開しているのだと思います。
千厩仮設住宅の元自治会長さんは気仙沼の一等地と言われるところに建った復興住宅の1階に引っ越していました。引っ越した後、疲れで入院されてしまったようですが、退院して、ち着いたところに訪問出来て良かったです。
その後は、WFWPのメンバーの親族の小野寺さん宅を再訪すると、喜んで迎えてくださいました。

【復興団地・鹿折復興住宅を訪問】
気仙沼で最大の復興団地・鹿折復興住宅を訪問し、千厩仮設にいたころミシンを教えていた三浦さんを訪問すると、去年のプレゼントを飾っていてくださいました。
本当に嬉しく、作ったメンバーや皆さんのことを思いながら、繋がりを感じました。三浦さんは亡くなった夫のお母さん(姑)を介護しています。
明るい印象の方ですが、「今は、私が誰かもわからず、感謝も無い。」というので、「最後は、面倒を見てくれた人の名前だけ呼んで逝くそうですよ。感謝して。」というと涙を浮かべていました。

【再会を喜んでくださる】
先回会えなかった梶原さん(折壁仮設に居た方)と引っ越してから初めてタイミングよくお会いでき再会を喜びました。 仮設住宅の気が合うメンバーで時々同窓会をすると言っていましたが、皆さん高齢でお一人の方々でしたので、お見合いしませんかというと私たちはもういいの!と言っておられました。
 最後に、先回お会いした親睦会元会長が気になりましたので訪問すると、あの後年明けに吐血して胃潰瘍で入院したというのです。
未だに仮設のほうが良かったと言いながらストレスが多いようです。
自治会などはまだできていないそうです。表札を出している方はほんの一握りです。新しい住宅での地域づくりは難しく、新しい人間関係の中で積極的に関わりを持とうという人は無いようです。一人暮らしの方も多いので、心配しつつ帰途に着きました。


【宮沢賢治記念館・新渡戸稲造記念館見学】
最終日、オプションですが、花巻観光で宮沢賢治記念館・新渡戸稲造記念館を見学しました。連日30度を超える中での活動でしたが、朝夕の涼しさに支えられて、記念館なども歩いて廻りました。
殆ど町全体が宮沢賢治一色です。花巻の人達は賢治を誇りとし、子供たちはその影響を受けながら育っていくのだなと思いました。
それは何かとても深い感動でした。
通りすがりの私達に、ランニングしている高校生が「こんにちは」と挨拶していきました。
 

  
< WFWP四季桜の会:竹ノ内>